2013年02月20日

テイカルカミーなう。

昨日からコレばっかり聴いてる。

毎日ラジオでかかってて、飽きるほど流れてたな、って言う曲。

ロングランヒットだったなー。

今、聞き返すと・・・無駄に熱唱なトコロが、アラフィフな自分に堪えてくる。

こんな震える曲がゴソゴソ、もう沸いてこない事が与えり前になってる世が

来るなんて、思いもしなかったことも加わって、涙・・・

フィル君は我が高校でも人気モンでした!

この記事へのコメント
 何かブログの更新が滞っていたようなので、久しく訪問しなかったのですが、また再開していたのですね。ということで、今年もよろしく。

 「カリブの熱い夜」ですか。映画自体は駄作の部類の作品であり、フィル・コリンズの歌自体もそれ程好みではないのでちょっと私は乗りにくいですね。でも、確かにこの曲が流行っていたのはよく覚えています。その年は、

1984年!

 王監督の初年度、そして球団創立50周年ということで、ジャイアンツは最高の盛り上がりをもって開幕に挑んだが、レジー・スミスは機能せず、来日1年目のクロマティもそれほどではなく、結局3位止まり。個人的には、ホエールズの遠藤にやられたという印象のシーズン。王さんの眉間のシワが目立っていた。タイガースはオフに安藤監督を解任し、吉田監督再登場。この時、翌年のタイガースのことなど、だれが予見しただろう。日本シリーズは史上最も地味な戦いと言われた広島vs.阪急、覚えている人は少ない。でも、オールスター第3戦で江川が8連続三振を取ったことを覚えている人は多い。福本、蓑田、ブーマー、栗橋、落合、石毛、伊東、クルーズをなで斬りにし、9人目は大石大二郎。2球のストレートでたちまち追い込まれ、観念した時、キャッチャーの中尾に「さっさと三振しろ」と言われて我に返り、3球目のボール球に喰らいついてセカンドゴロ。解説の小山正明氏が「あそこでカーブ投げるかね〜?」と嘆いていたのが今でも耳に焼き付いている。

 理系の大学生なんて面白いことはない。講義のコマ数は多くて実験レポートに追いまくられる日々。現実逃避を銀幕に求めるも、名画座は閉館が目立ち始め、残った劇場の入場料は高くなるなど、高校時代に夢想していた映画三昧ライフは夢の彼方。それでも執念で有楽町近辺をうろつき続ける。邦画は、何といっても角川三姉妹が全盛、夏の「メインテーマ」「愛情物語」、正月の「Wの悲劇」「天国にいちばん近い島」のCM宣伝攻勢は凄まじく、興醒め。「ゴジラ」の復活に胸弾ませるも、内容的には…。「瀬戸内少年野球団」の夏目雅子の美しさは今思うと儚く、クリスタルキングは最後の輝き。伊丹十三の監督力は「意外」の一言。洋画は「愛と追憶の日々」のシャーリー・マクレーンの迫力に感動し、「ライトスタッフ」で興奮するも、この年の洋画は「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」がほぼ一本かぶり。前作の「レイダース/失われた聖櫃(アーク)」の興行的不振が嘘のようだった。

 ただ、この年、東京では別の映画的イベントがあったが、かなり字数を費やしたので、それは次回に。そういえば、音楽のことも触れていませんでしたので、それも含めて。
Posted by ウッドスタイン at 2013年02月27日 19:47
☆ウッドスタインさん
お久しぶりです。
84年、私めは、高3の受験生でしたので、映画も野球も、あまりついていけず、でした。
アンドー監督、今ではいいお爺ちゃんになってますが、あの時は・・・

そういえば、あんまり可愛くない(おっと!)角川三姉妹の映画は未だ手付かずですし・・・
ただ、洋楽的にはマドンナの出現で明らかに異変が起こり始めていた気がします。
実力派シンガー達も(可哀想に)慣れないダンスをPVで踊らされ始めた時代。
よく友人と揶揄したものです。

この年の邦楽は・・・うーん酷いですね。語るのも寒い。
クリスタルキングも、バンド的には実力があるのに、この時代から邦楽バンドは色モンに取って変わっていった気がします。
チェッカーズとかは大嫌いでした・・・
このあとそろそろコンパクト・ディスクの出現で、ますます色モン系が量産されていくのですよね。
LP盤も一枚2800円にまで値上がりし、高校生の身分ではとても買えなかった思い出があります。

あ、タイトルの「カリブの熱い夜」ですが、まだ見てません。
PV映像見て、あまり好きになれそうには無いなと思ってしまったので(・・;)
で、この曲も当時はそんなに好きでは無かったんですが、
フィル・コリンズは歌よりドラムが好きですが、もうこう言う恥ずかしくもドラマティックな展開の歌は出ないんだ、とか思うと、自分の中で評価が最近グーンとアガりました。年ですねえ・・・
Posted by uniko at 2013年03月03日 00:18
 それでは、前回の続きを。

1984年パート2!

 10月、およそ3年間の工事を経て、旧日劇、朝日新聞社屋の跡地に有楽町マリオンが完成、日本劇場、日劇プラザ、日劇東宝、丸の内ピカデリー1、丸の内ピカデリー2という5つの劇場と朝日ホールが阪急、西武デパートの上に入った。これが、大阪・梅田のナビオ阪急の発展系かと、言い知れぬ高揚感があった。ただ、光があれば影も。実際に来館したのはわずか数年であるが、それでも日比谷映画と有楽座の閉館には長年通った劇場を失うが如く喪失感があった。ロードショー劇場なので入館できた回数は限られるが、それでも007シリーズや「地獄の黙示録」「スターウォーズ/ジェダイの復讐」などをこれらの劇場で観られたのは一生の思い出。最後に「さよならフェスティバル」と称して、過去に上映された名作を期間限定で公開する日程が組まれたが、定期試験の期間と重なって訪れることができず、それが痛恨の極み。親の死に目に会えなかったような無念さが残った。

 邦楽には御説の如く殆ど興味なし。それでも巷ではチェッカーズ・中森明菜が蔓延り、相変わらずの強さの松田聖子を聞こえていた。でも「浪花節だよ人生は」の競作はすさまじく、他の印象は皆無。何となく停滞感が漂い、「ザ・ベストテン」も観なくなっていた。他方、洋楽は前年末に発表されたマイケル・ジャクソンの「スリラー」の衝撃は凄まじく、これ以後歌手にとってPVはマスト・アイテムと化す。すでに著名となっていたプリンスと、この時期にようやく台頭してきたマドンナは、3人とも同い年。この世代がこれからの中心になることを予感させていた。ただ、興味の中心はあくまで映画音楽。「ストリート・オブ・ファイヤー」と「フットルース」がこの年の二大巨頭。映画の作品的には前者であるが、音楽的には後者に軍配。影響も大きく、それぞれの映画の挿入曲の「今夜はAngel」と「ヒーロー」は翌年の日本のドラマの主題歌に翻案された。もっとも、後年「フットルース」がテレビ放映された時の、近藤真彦の吹替には辟易したが…。

 本日は3月4日ですね。お誕生日おめでとうございます。昨年もこのような言葉を書き込んだ記憶がある、ということは、もうあれから1年ですか。本当に月日が経過するのが速くなりました。さて、1984年の残りについて語りましたが、その半分は東京での話でしたので、管理人さんには殆どわからないこととなってしまいました。まあ、この時はこのような気分であったことを何となく感じ取ってくれれば幸いです。
Posted by ウッドスタイン at 2013年03月04日 21:12
☆ウッドスタインさん
誕生日のお言葉、ありがとうございます。それも2年続けて(笑)。
いや〜、時の経つのは早いもんです。
それでもなお、昔語りは尽きませんが・・・

ごめんなさい、東京のことは分からず、じまいで・・・
でも同じ日本でも色んなことが起きていたんだなーと。

少なくとも、マッチが「フットルース」の吹き替えをやらかしてしまってたなんて、知らなかった・・・

Posted by uniko at 2013年03月10日 15:39
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